河合城

別名 堀殿城
        新部上月城
付近住所 小野市新部町 現在−
2004/8/10 碑・案内板アリ 日本城郭大系


別名「堀殿城」と呼ばれ、室町時代に播磨守護職であった赤松氏の東播磨の拠点として築城されています。嘉吉元年(1441)の「嘉吉の乱」の時には、赤松満祐が将軍足利義教の首をもって入城したことでも知られています。東西約400メートル、南北約300メートルの城域を有する東播磨屈指の大城郭でしたが、ほ場整備事業等により、その景観は失われています。主郭部は「源氏屋敷」とよばれ、かつては周囲に土塁と堀が巡っていました。さらに堀の外側には、東の郭と西の郭があり、三つの郭から構成された平城であったようです。

 縄張図